今年も残すところあとわずか。
実家の大掃除をしていたら、思わぬ気づきが降りて来て
これまでは自分の夢を叶えることで、たくさんの人に夢を魅せる、つまり「可能性」をみせる人生だった。その役目はもう終わった。
これからどんな「夢」をみるかは任せてほしい。
そんな感じだったと思います。
最後の「夢」というのは、人生という名の夢ですね。
なるほどな、と思ったのは、以前わたしは「人の可能性を見たくてこの仕事をやって来た」と書いていたからです。
自分自身の役割を、みなさんに投影していたのですね。
人はなぜ生まれてくるのかといえば、「自分を知るため」だといわれています。
この世界は、自分という存在を別の角度から見たり体験したりすることで、自分を知る仕組みになっているのでしょう。現実は鏡。全ての人はわたしであり、全ての人は自分自身の投影である、といわれる所以がここにあると感じています。
たくさんの人に夢を魅せる人生だった、といわれると、確かにその役割は十分果たしてきたように思います。とりあえず「これまでやりたかったことは無事に終えたんだよ」「これからどうなるかは任せていればいいんだよ」と、自分自身の深い部分にいわれているように感じて、そうか、と肩の荷が下りたのですね。
実はわたし、夢があんまりなくなってしまったんですよね。
これまで思い描いていた夢は多少覚えているのですが、そもそも今ココを生きながらも夢を生きているような感覚が出て来る時があるといいますか、「ああ、今はこういう夢を見てるのか」とか「全部夢だから大丈夫なんだ」とか、そういう感覚が出てくることがあって、「これからの夢」といわれてもあまりピンとこないのです。
これまでの夢って、フィルムの外に出ると「どういう夢を見たいか」「どういう現実を体験したいか」という映画の種類なのであって、フィルムの中で「自分がこうしたい」といったものではなくなってくる..というのでしょうか。
もう少し、この感覚を肚落ちさせて生きたいと感じるこの頃です。
ところで今年の漢字は「金」だったそうですね。
今日ふと「今年一年を一文字であらわるなら『完』という感じかな」と思っていたのですが、その話を聞いて「『金』なんてわたしのための漢字じゃないか!(笑)」と思ってしまいました。
今年ほどお金のことを考えた一年もなかったと思います。
皆さんは、どんな一年でしたか?(^ ^)