星くずの叡智 森のささやき

〜目醒めのキャリアカウンセラー柏葉綾子のブログ

新しい自分を創造せよ

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以前読んだ漫画「ガラスの仮面」において、主人公マヤはその演技の天才性を「千の仮面を持つ少女」になぞらえられていました。
「千の仮面を持つ」というのは、どんな役(ペルソナ)にもなりきることができる意識の柔らかさを示しています。舞台の上においては完全に別の人間になることができる。「私はこうである!」という仮面の下の我を消すことができるのです。
 
ところが同時にこの作品では、マヤの無意識の才能(天才性)の唯一の欠点は「役に没頭するあまり、演じていることを忘れてしまうこと」だと指摘されていました。
劇中において役になりきることは大切ですが、話の展開に夢中になるあまり「演じていたこと」そのものを忘れてしまうのでは本末転倒である、と指摘されているのです。
意識的にその役(ペルソナ)になりきってこそ、一流の役者である、ということなのでしょう。
 
わたしたち意識の本来の性質は、ここでいう「一流の役者」の状態にかなり近いのではないか、とわたしは感じています。
本当の自分を表現して生きる、というと、誰の前でも同じ一面性を打ち出して生きる、と解釈されがちですが、これは少し異なります。
そもそもわたしたちは多面的な存在ですし、本当は「これがわたし!」ではなく「どれもわたし」なのです。
時と場合によっては、その場にふさわしい役を演じることが心から大切である、と感じることもあるでしょう。そして、あなたがそれを「本当に心から大切なこと」だと感じたのであれば、その場においてはそれが正解ということです。

わたしたちがその場において演じている「役割」というのは、他者に引き出してもらっている側面が存在します。
特に意識が眠っている間は、他者があなたをどう見ているかによって、あなたの演じる役割が自然と決まっていたといっても過言ではないでしょう。
 
例えばあなたは母親の前では娘役を演じ、娘の前では母親役を演じているかもしれませんが、この場合あなたにとって「本当の自分」はどちらでしょうか?



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どちらでもありませんね。

母親と娘はどちらも役(ペルソナ)であり、それを演じている意識がそのことに気がついている時、そこにあなたの本質があります。
置かれた環境や人間関係には、その人の特定の一面性を拡大させる力があるのです。
目覚めていった時、わたしたちはそのことに「気がつく」ようになります。
役そのものになりきっていた状態から、意識的にその役を演じていく状態、つまり目覚めた状態へと少しずつシフトしていくようになるのです。

目覚めてから(仮面との同化がほどけてから)も、あなたがまだその場においてその役を演じつづける必要があると感じる時は、あなたはその役をつづけるでしょう。
反対に、もはやこの役を演じつづける必要はない、この仮面は重すぎる、窮屈すぎる、と感じる時はその役をやめることになるでしょう。

これはどちらも自然と起きてくる選択ですが、通常今の仮面を卒業する必要がある時、人は仮面(=今演じている役割)を重く感じるようになります。これまでやってきたことをつづけることに無理があると感じるようになるのです。

わたしは以前講座で「まずは今の職場で本当の自分を表現できるようになることが大切」とお話していましたが、それは、この貼りついた仮面の重さや違和感こそが悩みや息苦しさの正体であり、仮面を脱ぎ、その奥に眠っていた自分に目覚めることが意識を解放していくプロセスだと感じていたからです。
目覚めた時、それでも必要があればあなたは同じ場所で同じ役をつづけるでしょう。必要がなければそれにふさわしい変化が起きてくるでしょう。
 
赤字が本質であり、青字(形のレベルで起こってくること)は十人十色です。
しかし仮面との同化が解けた時、なぜか当人にはそれが今やるべき必要なことである、と感じられるようになります。
そして、淡々とそれに集中するようになるのです。


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