星くずの叡智 森のささやき

〜目醒めのキャリアカウンセラー柏葉綾子のブログ

全力で受けとって

少し前の話になりますが、日本に戻ってくるときの飛行機で『ラ・ラ・ランド』という映画を見ました。
  
公開された年がちょうど講座を開講した頃で、その当時の受講生(1期生)が「この前こんな映画を見て、もっと心のままに生きていいんだ!って思ったんです」と話していたことを覚えていたんです。
 
ちょっとネタバレになってしまうのですが、『ラ・ラ・ランド』は夢を叶えた2人のラブストーリーで、最初はお互いの夢を応援し合うパートナーシップだったものの、最後はちょっとほろ苦い。
ラストシーンでは『もしもあの時こんな選択をしていたら、2人の人生はちょっと違ったものになっていたかも?』といったアナザーストーリーが回想されます。
 
監督はこのラストで「必ずしも一緒にいることだけが愛ではなく、たとえ別れの選択をしたとしても、互いを思う気持ちがあれば愛は生きつづける」ということを意図されていたようなのですが(そして何を隠そう、わたしも以前はそう思っていたのですが)、実は今回、わたしはこの映画からちょっと違うメッセージを受け取っていました。
 
それは、この回想シーンで流れる『もしもあの時こんな選択をしていたら』の人生が、もっと今ここの喜びだけを生きて、愛も夢も、あなたが望む全てを受け取っていいんだよ!と伝えているように見えたんですね。
 
アナザーストーリー『もしもあの時こんな選択をしていたら』の2人は、デフォルメ化されていることもあって『今ここの喜びだけに生きている』ようにわたしにの目には映ったんです。

今、こうしたいから、こうする。
今、一緒にいたいから、そうする。

自分の思う将来の成功のために何かを犠牲にしようとしたり、今ここの本当の気持ちを偽ったりしない。

ただ、今、心からこうしたいからそうするんだ! 

それだけ。
   
わたしたちは、自分自身の器の大きさで物事を考えるあまり、愛か夢、どちらかしか叶えられないと思い込んでいるから、無意識にどちらかを犠牲にする生き方をしてしまうのであって、本当は全て叶えていいし、全てを受け取っていい。

それがこれからの本来の人生なんじゃないのかな?ということでした。

この映画の場合は、愛か夢かという形で二者択一が描かれていますが、その制限をどんな形で体験するかは人それぞれ。
仕事と家庭も同じ。(もしかしたら、独立と安定も?)

いずれにせよ人は、自分の器に見合った幸せの大きさしか、受けとることを自分に許可していない、そのことに気がついたらどうだい?ということでした。
 
そういえば以前『人生では何を選んでも正解。どちらを選んだとしても、結局はその人の器の大きさに応じたクリエイション(創造)しか起きてこない』というメッセージを受け取ったことがあります。

真に創造の形を決めているものは、選択ではなく、器の大きさである、と。

この場合の器の大きさとは、自分自身にゆるしている幸せの大きさのこと。

『ラ・ラ・ランド』の最後では、2人が夢ではなく愛を叶えることを選択した『ifストーリー』が描かれるのですが、そこで描かれる未来は実際のタイムラインよりちょっと素朴で庶民的な仕上がりになっています。

映画本来のラスト、主人公が大女優となって派手に成功して優雅な暮らしを、という形とはちょっと異なるんです。(もちろん、それはそれで素敵なんですが)
 
愛を叶える選択をとったらとったで、今度は2人の夢の形がそれにあわせて変形していくことになる。
(愛と夢、どちらかの形をどちらかに合わせて変えていかないといけない、と思っているから、その通りになっていく)
 
全てを叶えることを心の奥底で許可していなければ、どちらもを最高の形で叶えていくことはできなくなる。
これがわたしたちがいままで体験して来た制限の正体なのではないでしょうか。


映画を観た当時はまさかそれが自分自身へのメッセージだとは気づかず、思い切りスルーしていました。(笑)
 
3月の魚座新月あたりで「あれ?わたし日本かドイツどちらかしか選べないと思っていたのでは?」と感じたものの、それでも気づかなかった。

世界は本当にメッセージにあふれていますね。