迷った時は

迷った時は、どちらを選んだ方が

・よりリラックスして、心から「大丈夫なんだ」というエネルギーが広がるのか(緩)
・よりパワフルになり、今ここに宿ったパワーをわたしを通して解放できるのか(急)

丁寧に自分自身を観察するようにしています。

こうした選択は物理次元での「行動の選択」よりも、物事の捉え方、着眼点、つまり意識の「立ち位置の選択」であることが多いのかな、と感じるこの頃です。

というのもこの緩急は、エゴ(自我意識)の使い方で決まるのではないかと感じているのです。

本来エゴというのは、魂の目的に集中していくためにこの世界でどうしても必要な側面もあるのかな、と感じていて、本当にやりたいことに集中したい時、周りの一切が気にならないくらい何かに没頭できるのはエゴが存在するから。

自分のエネルギーを一点集中させて解放する。そうすることでわたしたちはこの世界で何かを達成したり形にすることができる。(急)
 
でもそれ以外の時、何にも囚われない自由な意識でありたいなら、自分の意見(エゴ)はなくてもいいのかもしれない。

だって全てはゆるされていて、本当のあなたは「何が起きても大丈夫」と知っている、とても大きく雄大な意識なのだから。そのことを思い出す時間も大切。(緩)

自分の意見に固執していると、それが周りに映って自分の周りに「自分の意見ばかりを主張する人」がゴロゴロ出てくる。みんなわたしだ。
そしてわたしが自分を手放してしまうと、周りのみんなも自分を手放し主張しなくなってしまうのだ。

意識の緩急に注意して、この夏の流れに波乗りしていきたいと思います。