ただ、あなたと愛をわかち合えれば

先日、ある公的な機関で、キャリアカウンセラーの採用面談を受けさせていただいたのですが、

ああ、わたしってほんと、超絶他人軸だったっんだな...

と感じて撃沈してしまいました。😭

採用面談自体が「自分自身を公の場で他者から評価される機会」ということで他人軸になりやすい場所ではあるのですが、評価が怖くてとっさに嘘を云ってしまった自分自身に撃沈。

わたしってこんな簡単に他人も自分も偽れる人だったんだ...と。

同時に、本当はわたしは、ありのままの自分自身を社会に受け入れてもらえるかどうかが不安なのであり、だから強がって自分を強く見せようとしていたんだ、社会に受け入れてもらえるよう、自分を"できる人"の鎧に包んでいたんだ、という、無意識の力みに気がついた1件でした。

やっぱり人生は、やりたいことだけやっていればそれでいいと思う。
だってそれでも、やらなければいけないこと(向き合わなければいけないこと=本当の自分からのテスト)は必ずやって来るもん。逃れられない... 

前々から感づいてはいましたが、自分の弱点を知らしめるために(自己統合のために)就活してますね、わたし。

人生は、自分の心に従って生きていれば基本オーケー。
で、それでも、心からやりたいことがイマイチわからない時がありますよね?何かこう、心にモヤがかかってといいますか?

日本に来てからの私が正にそんな状態なのですが(時々ビジョンは受けとりつつも、未だに霧は晴れきらない)、そんな時は、今目の前にあることと丁寧に向き合う。それを通して、自分自身は本当はどう感じているのか?と向き合う。そうすれば、そこから新しい活路は見えて来る、というのが基本わたしの考え方なんですね。

(なので、別にやりたいことがわからなくても悩む必要はないのだと思う。それは、今本当に向き合うべきこと、つまりやりたいことを見つけるためのヒント、は目の前にあることだったりするから)

で、そうするとだいたい故障していた回路(=麻痺していた感性)が復活し始めるのですが...

今日になってふと、わたしの魂の望みはすでに叶えられていたんだな、ということに気がついたんですね。

いえ、実は就職活動しつつも、時々、日常のふとした瞬間に「ああ、幸せだな〜」という感覚が湧き上がって来ることはあったのですが...

今日の夕方、ふと私の本当の望み、それは「愛すべき人たちと出会いたい」ということであり、それ以上に叶えたい願いは本当はなかったことに気がついてしまったのです。

なぜなら、わたしの本当の願いは愛と共に生きることであり、誰かを(何かを)愛している時、人は幸せだからです。

最近ね、食事をしていても「何を食べたい」とかないんですよ、あんまり。
じゃあなぜ食事をしているのかな?と思ったら、目の前の人とそれを分かち合いたいから。

そういえば、私の家族には魚座の強い人が2人いるんですが、2人とも、会うと食べたいものが不明確。何でもいいって感じ。あれってたぶん同じ感覚なんじゃないのかな?

好き嫌い(自分自身の輪郭)がないわけじゃないんです。
ただ、何かを分かち合える魂の喜びというのは、五感で感じられる肉体次元の喜びとは全く次元が異なるので、比べられないというか、「何かを分かち合える魂の喜び」があふれ出て来ると、そちらの方が「肉体で感じられる食の喜び」より遥かに大きいので圧倒されてしまうのです。
水のエレメント最後の星座である魚座の人は、そのことを潜在的に知っているんじゃないのかな?
そして、喜びでいっぱいになると不思議、お腹が減らないんだよね。

どこで生きるか、何を体験するかはあまり問題じゃない。
ただ、あなたと愛を分かち合えればそれでいい。

そう思っている自分自身がいることに、気がついてしまったのですね。

これってさ、仕事においてもそうなわけで、だからわたし、やりたいことがなくなってしまったんだわ、と気がついてしまったのですね。(時々面談で、もっとなぜここで働きたいかを明確に!とかいわれてうーん、となっている人)
 
あれ、じゃあ今、私の周りにいる人たちは、みな愛すべき人たちだから、私の願いは、既に叶えられているんじゃない?と。
一応就活してるけど、なんだそうか、わたしの本当の願いは、もう叶っていたんだね、と。そう気づいてしまった夜でした。
 
わたしのソウルナンバー(魂の願いを表す数秘)は2(共感・受容)。
 
ずっとあなたの声が聞こえなかったけど「何もなくなった?それなら、愛をプレゼントすればいいじゃない🤗」と云っていたのですね、魂さん。