8の力

数字の「8」が象徴するものに「富」「成功」「お金」「権力」があります。

この「8」という数字に思いを馳せていた時、わたしは「8」は「力」の象徴であり、その本質は「影響力」である、と思ったことがありました。

現実世界における「力」「パワー」は、富やお金、成功や権力として具現化されることが多いです。そしてその「力」の本質は何なのか?と問われれば、目には見えない「影響力」のことである、と気がついたからです。

お金や成功、権力そのものに力があるわけではありません。
わたしたちの意識がそれらを「力」の象徴として認識することで、そこから無意識に影響を受けたり、それらに生活をコントロールされたり、それらを保有する人に黙って従ったりすることができたのです。

「富」や「成功」「お金」「権力」をわたしたちが「力」の対象として認識することをやめた時、富は物質、成功は過去、お金は紙、権力は文字へと姿を変え、ありのままのその人の姿を見ることができるのだと思います。(慧眼)
 
わたしには長いことこのバイアスがかかっており、いつも力ある者を特別な存在と見なす習慣がありました。そしてこれが、数秘における条件付けの「8」だったのだと気がついたのです。

条件付けの数字は、無意識に使っている内は「自らを縛りつけるもの」であり、意識的に使えるようになると「才能」になるといわれています。
それは、本当は「既に持っているもの」なのに、「まだ持っていないと勘違いしやすいもの」だから、ではないでしょうか。

「お金」でつまづき、これまで手に入れた「成功」を手放して日本に戻ってきたところ、全てを手放したからこそ顕になった自分自身の本質があったように思います。

それが、周りの人への影響力。

一見、ごくフツーの派遣社員になったのに、わたしは目立つ。
目立とうとしていないのに目立つ。

特殊な経歴だから、というわけではなく、それらはもはや自分の付属品でしかなく、わたしという存在が周囲に及ぼしている影響がもともとダイナミックらしい、ということに気がつくようになりました。
1つ1つの行動、発言、空気感が周囲に及ぼす影響(波紋)が、普通の人より大きいのです。だから(普通にしているだけで)その場の空気を自然と支配しやすかったり、話の中心を持っていってしまったりする。まさに「8」。これもエネルギーの特性なのでしょうか。

キャリアカウンセラー時代、何度も書いてきましたが、特徴は長所であり短所。
自覚ある才能は上手く使いこなせる=長所として発揮されやすいが、無意識の才能は短所として発動されやすい。自分の出番でない場所で目立つ必要はありません。

自身の何気ない行動、発言、空気感が周囲にもたらす影響をちゃんと鑑みる必要があるのだろうな、と感じました。自分自身に対して、注意深く、慎重であること。
魂は最初からそのことを知っていて、だからこそ、慎重で用心深い一面も予め持って生まれてきたのだと思います。

後天的に手に入れた「力」ではなく、わたしたちには、生まれながらに備えた「力」もある。それがその人という存在が放つエネルギーの力、影響力なのですね。
 

全て意味があって起こっているんだよ

先日、ドイツの友人が日本に遊びに来たので、仕事を早退して職場近くのホテルに宿泊し色んな話をしました。
いつもは緑の多い空気のおいしい場所で会うのが常なのですが、ドイツはそういう所いっぱいありますから。たまには一緒に都会生活を楽しむのも良いかな〜と思ったのです。

そうしたら、本当に色んな情報が自分の中から降りてきまして。

友人と話していたら自然と「ああ、そうかそれはこういうことなんだ」とか「つまりそれは、こういうことみたいですね」とか、直感的に叡智を受け取りながら話す昔のわたしが出てきたんですね。

その時気がついたんです。

あ、そうか。

この情報は今、受け取り手(=友人)の準備ができているから自然と降りてきているけれど、必要がない時は、チャネリングってできないんだ。

つまり、普段わたしがチャネリングできないのは、その必要がないからなんだ。

ということに。

以前も書いたかもしれませんが、実は日本に戻ってきてから、わたしほとんどチャネリングができなくなってしまったんです。直感的理解力がとじてしまったというのでしょうか。
なので、昔、自分がやっていたことを見ると、今はできないな〜と感じることがしばしば。
それが活動を休止した理由の1つでもあります。

できないことを嘆いていても仕方がないので、とりあえず今の自分を受け入れ、派遣社員として新しいキャリアをスタートしたのが昨年。新しい人生は、不思議とそれなりに気に入っています。

ただなぜ、かつては自然とできていたことが、突然できなくなってしまったのか?
その理由をわたしは、まだ体感として理解していなかった
のです。

それが今回はじめて理解できたんですね。

出来ない時は、やらなくていい時なんだ。
やらなくていいから(必要がないから)、できなくなっていたんだ!

と。

どうしてチャネリングする必要がなくなってしまったのか?
理由の1つは、おそらく、今のステージが他力を頼ることを思い出すレッスンだったから。


実はチャネリングできるようになると、人に聞くことがなくなるのです。
毎瞬、毎瞬、今どうすべきかわかる、といいますか、知りたいと思ったことは、知りたいと思った瞬間に降りてくる。(降りてこない時は、本当に知りたいとは思っていない時)

もしもわたしが今「人に頼る」という経験をやりきるための章(ストーリー)を歩んでいるのだとしたら、チャネリングできるとちょっと困りますね。
なんていうのかな、それはこの章(ストーリー)における標準装備ではないのです。その力を持っていると、この物語は体験できない仕様になっているから。


今回すごく思ったのが

能力って、わたしのものではないんだ。

ということ。

ゲームの主人公の標準装備みたいなものであり、歩む道が変わると装備が変わるように、突然何かができるようになったり、できなくなったりする、のかもしれません。
(そもそもチャネリング自体、努力して身につけた力ではなく、ある時期から自然と開花していった力だったように思います)

もちろん、与えられた能力(装備)をお手入れしたり研鑽することは大切で、それはこの世界でわたしたちがやるべきこと。なのですが。その元々の力=才能は、やはり与えられたものであるということです。

わたしの場合、チャネリングの力は完全に失われてしまったというより、時期的にバイアスがかかっているだけのようです。
この章が終わるまでは、この装備で頑張りますかにゃ。
(というのも、別の人生で預言者とかやってた時は、役目を降りて普通の人生を歩みたい〜とか思っていたようなので、ある意味これもその望みを叶えているのだと思います)

全て意味があって起こっているのだから、もっともっと今を信頼していいんだ、と感じた出来事でした。


キャリアの両輪は、仕事と人間関係

過去のYoutube動画を一旦非公開にしました。
新しいわたしの感性で見直して、また公開したいと感じるものは再度公開すると思います。

このGW中、こちらの本を読んでいました。

前から薄々気がついていたこと。
それは、自分の専門は「キャリア=仕事」でなく「仕事」と「人間関係」であるということ。

カウンセラー時代、わたしは仕事の相談に乗っているようで、人間関係の相談に乗っていました。
悩みの本質は大体人間関係だから。

職場の人間関係が円満な時、人は天職を探さないことが多いです。
(もちろん例外もありますが)
自分の所属場所があり、誰かの役に立っている実感もあり、心満たされている。そんな幸せな時に誰も転職したいとも、天職について考えたりもしないでしょう。
天職が必要になるのは、そうでない時。

人間関係を通して自分と向き合うと、人は自分のことをより深く理解できます。
そしてそれが、天職のヒントになっていることもしばしば。

つまり、今の人間関係こそが次の仕事へのヒントであり、それを見つけて次のキャリアに進めば、そこでまた出会うべき人に出会い、新たな人間関係の学びが待っている。
この2つはそのような両輪なのですよね。

逆に、人間関係を通して心を閉ざしてしまうと、自分の本当にやりたいこともわからなくなってしまうから不思議。(詳しくは最後の動画を)

そして、やりたいことがぼんやりしている時、というのも、まだ次のキャリアまでに今の人間関係から学べることが残っている証拠なのでしょう。


わたしもご多分にもれず、出会うべき人に出会うために日本に帰ってきたのだと思います。
会社に入ったのは、他力を上手に頼るレッスン。

出会うべき人というのは、今ここの人生とは異なる、別の人生でも関係のあった方が多いので、その時の関係性にひっぱられて、意識が外向きになりやすいのだと思います。
(別の人生で、外向き意識で関係性を構築していたんでしょう)

初対面でシンパシーを感じたり、嫌な感じを覚える、という体験は、その記憶の片鱗なのかと思うのですが、どちらの場合でも自分自身を内向き意識に戻していけば、新しい関係性を築けると感じています。


⭐️本当にやりたいことを思い出したり、本当の自分を表現して生きるために、大切だと思うこと

 

 

最近のこと

お久しぶりです。皆さんお元気ですか?

わたしは、おかげさまで日本での生活にも慣れ、新しい環境で新しい出会いを楽しみながら、のびのび元気にしております。
会社員って気楽で良いですね。(←昔といってること違う笑)
  
実は本日、新しいMacを購入しまして、Safariを開いて一番最初にやったこと。
それは、旧ホームページへのアクセス。そして、このブログへのアクセスでした。
ふむ、やっぱり気になってしまうんでしょうね。自分の創作物(作品)は。
 
昔の作品を見ると、我ながら本当によく出来ていたなぁと思います。
講座やカウンセリングが実用的であったかどうかはともかく(それは当時の受講生の皆さんに決めてもらいましょう)、よく自分の思いをここまで形にする力を育てたなあ、と。

というのも、今はもう、同じテイストの作品を生み出せないのですよ。
(いずれまたできるようになるのかもしれませんが)

出来なくなって初めて、過去自分のやっていたことって結構すごかったんだな、と。
自分の本当にやりたいことを自覚してそれを形にする、という意味でかなり完成度の高い活動だったことに気づかされました。 
少なくともやりたいことがぼんやりしている今の状態では、とても生み出せないような講座を創造していたと思います。

それは間違いなく過去のわたしがやりかったことであり、当時は想いを形にすること(世間一般では企画と呼ばれる仕事ですが、よりスピリチュアルな表現をすると魂の創作活動)自体が喜びだったのだと思います。

日本に戻ってきたことや活動を休止したこと自体は後悔しておらず、とても自然ななりゆきだったと思います。

わたし、自分とつながる講座の以前に、海外ハッピーキャリアを発信していたんですよね。
一般的な表のキャリア、個人のキャリアがそういうストーリーだったから。

そして、個人のキャリアについて今すごく感じるのは、10代、20代の頃は蓄積のキャリア(沢山経験や技能を身につけるプラスのキャリア)だったけど、33才を過ぎたあたりくらいから、削ぎ落としのキャリアになっていたなあ、ということです。
最初は自分の専門性や本質をはっきりさせるために、不要なものを削ぎ落とすキャリアになってゆき、最後は全く新しい挑戦をするために、これまでの専門性も一度全て捨てることを求められた。(あくまでわたしの場合ですが)

その結果、どうなったかといいますと、軽くなりました。

生きていて、とても楽だと感じます。

今の職場では「わからないことは積極的に他人を頼ることで、一人で悩まず軽々とハードルを飛び越えていく人」といわれるようになりました。
 
ただ、昔の自分より成長したな〜とも感じないのが不思議。

過去は過去。今は今。
全ては今ここで起きていて、わたしは毎瞬別人になっている。多分。

東京に来て自然から遠ざかってしまったかな、と思ったものの、新しい職場の同僚(17才年下の友人)に「公園で演奏すると気持ちいいですよ〜」と教えてもらい、時々裏の公園でチェロを弾いています。

すんごい気持ちいいです、この季節。

どうしてドイツにいた頃思いつかなかったかな。


新しい時代が始まる

今日の夕方スーパーで買い物をしていると、ふと、後頭部にこれまでずっとかかっていた霧のようなものが晴れていくことに気がつきました。

あれ、なんだこのすっきり感。
なんだかいろいろなことがこれまでよりよくわかるようになったような...
 
ふと気になって天空の星の動きを調べてみると、3日後に木星が牡羊座入りしますね。
木星の星座がかわると、わたしの肌感覚としては、気の流れが変わるんですよね。地上における気の運び*がかわるというのでしょうか。

で、だいたいわたしは3日前くらいにそれを感じることが多いです。「あ、なんか流れ変わったな」と。

先日、職場のイベントで、チームのみんなが今年1年を振り返ってひとことずつのべる時間があったのですが、「来年は飛躍の年にしたい」と話している方が何人かいらして印象的でした。

はい、来年は時代が変わると思いますよ。

いつもは流れが変わるのはだいたい立春か春分、つまり2月か3月のことが多かったのですが、今年は違いますね。たぶん、冬至に変わる。
これまでの魂のなが〜い1サイクルが終わり、新しい時代が始まります。木星が魚座を抜けて、牡羊座に入るから。
意識の夜明けという感じです。(時代って、わたしたちの意識のことだったんですね!)

ということで来年は

・純粋で魂の本音にまっすぐな人
・新しいことに挑戦する勇気ある人
・過去を脱ぎ捨てて生まれ変わった人
・わたしはわたし!と自分自身を持っている人

などが脚光をあびる1年となりそうです。
海外就職や起業はもちろん、牡羊座なので、要は自分自身にとってこれまで全くやったことのない何かにチャレンジするのがベスト。
あなたの純粋な本音が指し示す方向がそれを教えてくれると思います。 

わたしのようにこれまでずっと苦手だったことにチャレンジするのもオススメです。全く新しい自分に生まれ変わることができますので。

挑戦というのは必ずしも大々的な行動とは限らないのです。
未知の体験に踏み出すことですから。

わたしが海外就職や起業にチャレンジしても、それはもうやったことがあるので魂の挑戦とはならないかもしれません。しかし、ずっと避けてきた会計を学んだり、何かを与えることにフォーカスする生き方から受け取り上手になる生き方にシフトするとしたらどうでしょうか?
人にとっては、そちらの方がずっと大きな挑戦になりうるわけです。

自分にとって何が牡羊座的なのかは恐怖を感じることがわかりやすいかと思います。(リリースしてね☆)
また、生まれた時の天空図で牡羊座が何ハウスにあったかも興味深いでしょう。

木星は今年の春先、既に牡羊座入りしていましたから、人によってはもうその道に足を踏み入れていたり、自分自身が挑戦することが何なのか?を理解されている方も多いのではないでしょうか。

このブログを読んだみなさまに、素晴らしい魂の夜明けが訪れますように。


*運気=気の運びが変わるので、それが木星の流れに乗ると時流に乗れるといわれる所以ではないかと

願いは叶いつづける

新しいお仕事が始まってまだ2日なのですが、今日ふとランチタイムに「あれ、自分の思いがそのまま形になっている」と気づいたことがありました。

これまでわたしが何を思っていたかといいますと...

仕事で何をやるかにはこだわらないが(今までやりたいことをやってきたから)

✔️ 心ときめくキレイなオフィスではたらいてみたい
 
・人口密度の低い広々としたオープンスペース
・集中したい時に一人になれる空間もばっちり
・ゆったり休める休憩室がある
・美味しいランチや嬉しいドリンクフリーなど豊かさを満喫できる環境
・眺めのいいオフィス
・室内に緑があると最高
・気の淀みがなく流れのいいオフィス

✔️ のびのび自分のペースで楽しく働きたい

・満員電車に乗らずゆったり通勤できる
・リモート&出勤半々
・最新のPCを支給してもらえる
・上下関係のない自由な空気感
・頼れる仲間やチームの存在がある
・営業は好きだけどプレッシャーは不要

✔️ 会計・経理は(いずれまた独立するなら)ちゃんと勉強しないといけないな


いやもちろん、はっきりと思っていたのはチェックマークの項目だけで、箇条書きの部分は何となく、もや〜んと思い描いていただけなのですが...

全部叶ってます。

めっちゃ素敵なオフィスで働けて幸せです。(写真の何倍も素敵なところです)

ちなみに叶わなかった望みもあって、それは「週20〜30時間勤務が理想だな」ということ。

それも、入社前の面談では一度時短勤務の希望が通ったのですが、直前になって話がひっくり返り、フルタイム契約に。
ええー!?と思いつつも、ここは流れに従ってサレンダーすることに。
案の定、初日はもうくたくたでした。(笑)

ところが、後になって気がついたんですよね。

あれ?待って?

なんで疲れるかっていったら、本質からズレてるからだよね?


そう、実は自分とつながっている時、意識が中心にある時だけは疲れないんですよ。

何時間労働とか関係ない。
だって、自分「が」労働しているというより、それが起こっているだけだから。

40時間労働したら疲れるけれど、40時間労働の映画を見ても疲れないよね?(そりゃそーだvv)

もちろん、今ここにいられない仕事を無理して長くつづけることは大変です。
ただ、仕事を今にあるための手段とできるようになり、自己一致が深まってくると、段々と自分と一致しやすい環境しか映し出さなくなってくるようなのです。
つまり、だんだん色んなことが映画になっていく。

興味深いことに、働いていなかった時より意識が軽くなった、というか目醒めが加速した気がするんですよね。

派遣で行ったはずなのですが、ものすごくダイバーシティな会社で、上下関係が少なくフラットだったり(びっくり)、みんな社内SNSで自己紹介をしたり、歓迎会があったり。わたしにとっては驚きの連続でした。

ということで、2日目にしてわたしもドドーンと、自分のこれまでを開示してしまいました。これは、自分を知ってもらうことを楽しんだ者勝ちだ!と思ったんですよ。

新しい流れを楽しんでいきたいと思います。vv


さあ、絵本の外へ 〜一緒に遊ぶ仲間を見つけよう⭐︎

新しい人生のテーマは、ズバリ『絵本の外の世界へ!』
これまで絵本の主人公だったわたしが、本当に読み手の意識に目覚めていくストーリーのようです。

初めての方のために補足しておくと、2019年からわたしは『目覚めのキャリア』の発信をしていました。

その時に『キャリアとは、本当の自分自身への道のり』というメッセージを自分自身から受け取っていたんです。


想像してみてください。

わたしたちがこれまで『自分』だと思っていた存在は、例えていうなら絵本の中の登場人物であり、本当のあなたは絵本の外からその人生というストーリーを眺めている存在である、と。

これまでの私(=絵本の中の私)にとってのキャリアは、絵本の中のストーリーを進めることだったけれど、これからのわたし(=目醒めを選んだ魂)にとってのキャリアは『最初から自分の意識は絵本の外に存在していたんだ!』ということに気がついていくことだよ、と。

また、わたしは以前『自分という存在は、この世界というエネルギーの海を泳ぐ魚のような存在なんだな』と感じたことがあったのですが、先日自分自身からこうも云われました。
 
『本当のキミは魚じゃなくて、水族館でその魚を見ている意識だよ』と。


なるほど〜。

云われてみればこの新しいアイコンも水族館アングルですね。

自分とつながる道というのは、いってみれば絵本の中の自分(個人意識)と絵本の外の自分(魂)をつなぐ道のようなもので、これからわたしたちは、その目には見えない道の導きをたどって目醒めていくのだと思います。

このあたり、文字で伝えるのには限界があるのですが、伝わるといいな。

さて、新しいステージの印象なのですが、どうも複数のストーリーを同時進行させることが可能になるみたいです。

というのは、これまでわたしはキャリアカウンセラーとして生きてきて、どこで何をしていてもその自分「が」活動をしていたと思うのです。
 
自己紹介はいつも『キャリアカウンセラーの柏葉綾子です』みたいな。

でもこれからは自分の内に、目醒めのキャリア研究家のわたしと、音楽愛好家のわたしと、もしかしたら会社員のわたし?という3つ(あるいはそれ以上)の自分が同時に存在し、本当のわたしは、その全く異なる3つの役を人形師として動かすようになる...というイメージでしょうか。

もちろん物理次元の肉体は1つなので、3つの役が自分の意識の内に同時存在していて、時と場合によって前に出てくる人が変わる、というイメージが近いのかもしれません。

これまでもいくつかの肩書きを使い分けている方っていらっしゃったと思うのですが、わたしの魂も今回かなり大胆に、ガラっとキャラチェンしたいみたいなんですね。

キャリアカウンセラーのペルソナは、わたしのエゴにとって一番手放しがたいものだったので、手放すまでに1年近くかかりました(笑)。
カウンセラーの自分のまま会社で働こうとしたら、そりゃあハマれませんわ!ここは、完全な別人にならないとね☆

さて、この3つの私(3つ絵本の3人の登場人物)ですが、みんな人生の新章における共通するテーマを持っているようです。

それはズバリ

『一緒に遊ぶ仲間を見つけること☆』
 
音楽の絵本では、このテーマが「アンサンブル」とか「オーケストラをつくる」という「やりたいこと」として結実していました。

そして、魂にとってはもちろん仕事も遊びですから、仕事の絵本では一緒に遊ぶ仲間を見つけるべく、会社に勤めることにしたようです。
わたしは仕事モードだと、意識が簡単に絵本の中入っちゃうので、目下このステージクリアは大きな課題となりそうな予感です。

さて、目醒めのキャリア研究家のわたしはどうするのでしょうか?
今後の動向を見守りたいと思います。(^ ^)